めぐり逢いながら、人生を教えられて生きて来ました。
「人生」とは 人として生きる≠ニ表わされています。
人として生きるとは、どういうことなのでしょうか?
「人」以外の生き物は、生れながら餌(え)によって命をつなぎ、
種を残すという宿題があります。
しかし、「人」の命に与えられた宿題は、どうもそれだけでは
ないらしいということを、私達は知っています。
だから「如何(いか)に生きるか?」を悩むのかも知れません。
しかし人間は悩むことを与えられた代わりに、「生きる自由」も
与えられました。人間のみの素晴らしい特典?です。
何故なら自分次第で「どこでどのように生きても良い」のですから…。
その代わり、「私達に人生(人として生きる命)を授けて
下さった『天なる神』から、その生き方をひとりひとり見届け
られている」このことを忘れてはいけないのだと思います。
私は特に宗教は持っておりませんが、大いなる神の存在は
いつも感じて生きてきました。
「如何に生きるか?」ということも、実に私達は毎日大変なこと、
悲しいこと、ラッキーなことなど、いろいろなめぐり逢いを通して、
その意味≠ニ教え≠授けていただいているように思うのです。
だとしたらめぐり逢ったこと≠うらんだり、裏切ったり、
簡単に儲け話にとび付いたり…。
それは「神の意」に反することかもしれません。
六月二十九日、新横浜プリンスホテルに於けるサマーパーティで
めぐり逢ったあの時間にも、きっと大きな意味があったはずです。
めぐり逢いに感謝しながら、成長されていかれる皆様を祈っております

サマーパーティの場、
ステージから見えた多くの女性の
めぐり逢いに私も感謝。
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