2009年04月23日

あたりまえの中にある「価値」

今年も桜が咲きました。
北朝鮮からミサイルが発射されても、世界中が経済恐慌の
嵐に見舞われても、横浜たまプラーザの街には満開の桜が
今年も見事に咲きました。日本各地の桜の花も
それぞれの春を待って咲きそろうことでしょう。
春になったら桜の花が咲く。あたりまえのことなのですが、
どこ迄あたりまえなのでしょうか?

『いつ迄もあると思うな親と金』
学生時代、田舎の母からの手紙に書いてあった言葉です。
封筒の中には母がヤリクリしたお札が一枚入っていました。
決してあたりまえではない、限りあるものを知ることと、
お金を生み出す苦労を感じる大切さ、
そしてお金の価値を教えてくれたのだと思います。
苦労なく得たお金は昔から「泡銭(あぶくぜに)」と云いました。
安易に浪費され、跡形も無く消えてしまうからなのでしょう。
『価値あるもの』には生命(いのち)を刻んだドラマがあると思います。
自然とも折り合いをつけ、人の手も加わって咲く桜の花の生命にも、
普段あたりまえに思い、受け取っているものの中にも
生命を刻んだドラマがあります。
その価値を感じられてこそ、自分自身や、大切なものが
守られていくことでしょう。

十九年前に、たくさんの人の想いと生命を刻んで生まれ、
届け続けられたボゥ・ベル・サンテ化粧品。
日常の中にある、この商品やこの仕事を
守り続けるためにも、
あたりまえの中にある「価値」を
見直し、大切にして行きたいものです。
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posted by Kyoko at 15:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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