このことで十五年前、大手術を経験致しました。
最初の検査段階で、ただちに言い渡された入院手続き指示。
そして入院日が決定する迄の二ヶ月間(入院ベッドの空き待ちの為)の
長い不安生活が始まりました。
頭の中が真っ白になったり、目の前が真っ暗になったり、
心臓の鼓動が四六時中気になったり、
吸っても吸っても呼吸が苦しかったり…。
もはやいつもの自分が、自分で無くなっていました。
いわゆる、自律神経が極度に狂ってしまった状態だったのでしょう。
もちろん初めての経験でした。
その時、このようになった自分が情けなくて、情けなくて
たまりませんでした。
やがて、国立癌研病院での入院生活が始まり、毎日毎日、病院のあらゆる
病棟の患者の方々と、検査室で接触するようになりました。
皆、私同様、否もしかしてそれ以上に、精神的ショックで
打ちのめされているように見えました。
隣室の老婦人が、私の部屋の入り口から声をかけて来られて
「貴女さまは手術日何日ですか?どこの手術をなさるんです?
私、七十年家族や会社のために尽くして参りましたのに、
何の罰を受けたのでしょうねェ」と。
私の口から思わず
「そんなことは決して無いと思います。辛いけれど
『これを乗り超えたら、喜べる生き方がもっともっと見つかりますよ』
という、むしろ神様からのご褒美かも知れないではないですか、
そう思ってがんばりましょう!」…と。
この自分の発した一言から、情けなかった自分が
いつの間にか消えていました。
そして、励ますことも、励まされることも、そこから生まれる心の元気は
全て相手あってのものだということが、しみじみと分かったのです。
それからの日々は
「喜びに向かって今日を生きる、目の前の人と共に…」です。
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調理室での社長の「ただ立っているだけの人になってはダメよ」という一言で、慌てて何か自分で出来る仕事はないかと探し始めた私・・。
きっと普段の何気ない生活、何気ないやりとりの中から相手が必要としていること、喜んでもらえることを見逃しちゃダメよ・・っていう事なんだろうな〜と思いました。
講座、食事中、その後の会話の中でも、たくさんのHeartを感じながら、私もいつももらってばかりではなく、相手にHeartを渡すことが出来る人になりたい!そう強く思いました。
みんなそれぞれに悩みや苦労を抱えていても、それを乗り越えているのに、どうして私はちっぽけなことでクヨクヨして乗り越えることが出来ないんだろう・・って、自己嫌悪に陥っているときでした。社長の言葉1つ1つが身にしみて、心にしみて。感想を言うときは言葉より感情が先に出てしまい、きちんと社長に、皆さんに伝えることが出来なかったけれど、やっと私も1歩前進できそうです。本当にどうもありがとうございました!