若い父親の多くは兵士となり、年寄りと母子が身を寄せ合って生きていた頃の朝は、どんな朝だったのでしょう?! もちろん電気釜いっぱいの真っ白なご飯や、ふわふわのパンやクロワッサンなどあろうはずも無く、薪や炭を焚いたとしても、その煙からどんな朝餉が作られ用意されたのでしょうか?でも母親はこども達のために一生懸命に台所でがんばっていたろうと思います。 日本中から鉄のお鍋やお釜などが集められて銃や弾丸などに造り変えられ、誰かや何かと戦うことを余儀なくされた時代…。 母も子も空腹と戦いながらも逆に強い絆で繋がっていたかもしれませんね。
それから六十三年、袋いっぱいの生ごみや残飯を漁る街角のカラス達、お前の子供達は幸せねぇ
こんなに食べる物が溢れていても、朝ご飯を食べてこない子達が増えていると言われる今、カラスの子達の方がうらやましいかな〜
幸せに形があるとしたなら “子供や家族のために楽しく台所に立って暮らせる平和“ が原風景なのかもしれないと思う、六十三回めのバースデーの朝でした。
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